訪問看護の人員基準について看護職員の6割以上とする、という案が出されてから数十日経ちましたが、最新の介護給付費分科会では、その案は盛り込まれておりませんでした。あれ?廃案?誰が起案して、どのような経緯を辿っているのかまとめていきます。
訪問看護の6割基準見直しか
2020年12月2日に社会保障審議会・介護給付費分科会が開催されました。その中で、サービス種類ごとに運営基準の見直し案をまとめた資料が提示されています。その資料には「訪問看護の人員基準について看護職員の割合を6割以上とする」という案は盛り込まれませんでした。リハビリ関連3団体から、10万を超える反対の署名が集まったことも考慮されたのではないかと推測されます。署名活動に参加された皆さんの意見が反映されたのであれば、署名活動は意味のある行動であったかと思われます。しかしながら、厚労省の担当者は本会合後「まだ決めていない。結論を出したわけではない。(今後の方向性も)色々な手法がある。整理している。」と明言を避けた発言をされている記事も出されています。下記参照
どのような経緯で起案されたのか
一般社団法人日本在宅看護協会のホームページ上でも確認できますが、訪問看護ステーションにおける理学療法士等の業務に関して、次回の改定に向けて検討すべき余地があることを示唆しています。
以下ホームページから抜粋。
訪問看護ステーションにおける理学療法士の訪問について、算定要件は訪問が看護の業務の一環としてのリハビリを行った場合、看護職の代わりに行った場合となっているが、本来は看護職と提携して実施することとなっており、リハ職が圧倒的に多い事業所や訪問回数がリハ職が多い事業所では適切な連携体制が取れているか疑問に感じる。看取の実績の少ない事業所、軽度の利用者の利用実績が多い等の事業所もあり、サービス利用実績を踏まえて、看護職とそれ以外の職員の割合を人員基準の中に追加するなど次回の改定に向けての検討が必要と思う。
一般社団法人日本在宅看護協会
公益社団法人日本看護協会の岡島さおり常任理事は社会保障審議会介護給付費分科会委員でもあります。看護協会の代表として、リハ職が圧倒的に多い事業所について、訪問看護の一環としての役割が担えているかについて苦言を呈しています。この背景には日看協で打ち出されている「訪問看護師倍増策」があるかと考えられます。
訪問看護師倍増策とは
高齢者住宅新聞の取材で、同理事は訪問看護師倍増策について以下のように答えています。
高齢者住宅新聞の取材
取材を要約すると次のように答えられています。
厚労省推計との乖離について
・厚生労働省の推計では「訪問看護師の需要は2025年に約12万人が必要」になる
・2016年時点の訪問看護従事者は約4.7万人で年間約3,000人程度の増加に留まっている
・このままの自然増では、2025年7.6万人程度であり、厚労省推計12万より4.5万人程の不足が見込まれる
・不足が見込まれる中、医療保険で訪問看護を行っている病院・診療所の数は2016年時点で、医療機関全体の3.9%、全国4,284ヵ所に留まっており十分とは言えない
・国の医療や介護施策の中で訪看を行う人材確保と支援策が明確にされる必要がある
・さらに地方自治体の医療計画や介護保険事業(支援)計画等でも具体的な目標が定められるべきである
訪問看護師の数を拡大するためには事業所の拡充が必要であることも述べております。
訪問看護ステーションの拡充について
・訪問看護師を増やす基盤として訪問看護ステーション拡充がある
・拡充には2つの意味がある
・1つ目は「連携や共同実施を通じた看護以外の業務の効率化」
訪問看護ステーションは比較的規模が小さい事業所が多く、看護人材が看護業務だけでなく、レセプト請求事務や衛生材料などの発注・管理、経費・財務管理、雇用している職員の労務管理等々、間接的な事務作業も担っている。規模が大きくなれば、専属の事務スタッフを雇うなどの対応も可能なため、共同できる作業は複数の事務所間で連携する仕組みを通じて、看護職が看護業務に専念できる体制づくりを提案している。
・2つ目は「訪問看護ステーションの大規模化」
経営の安定や効率化を図るため、ある程度のスケールメリットを目指すことが必要である。人員基準を現在の「常勤換算2.5人」から「同5人以上」などへ段階的に引き上げていく。大規模化が難しい地方、例えば過疎地や中山間部などでは、サテライト(出張所)方式を活用していく。
この訪問看護師倍増策が背景にあるため、事業所内の看護職員の割合を高めたい狙いがあると思われます。さらに訪問看護という位置づけであるにもかかわらず、理学療法士等の割合が高い事業所があることにも違和感を感じていると思われます。
今回要望した「訪問看護ステーションにおける看護職員の割合6割」の背景にはこの訪問看護師倍増策があります。訪問看護を担う看護師が足りないことを危惧して、訪問看護師倍増策を打ち出しています。しかしながらリハビリ関連3団体は「自分たちの職が失われる」というネガティブキャンペーンを行い署名活動を行いました。誠に残念なことです。
訪問看護師の人数が増えればリハビリ職員の割合は相対的に下がり、看護職員6割という基準は職を失わなくても達成可能です。大切なのは自分たちの職が失われるという自分たちで作ったイメージではなく、訪問看護師が足りなくて必要な看護が受けられない利用者の目線で考えることです。
看護協会は常に先手で、かつ職域を増やす活動を行っています。リハビリ関連3団体もそうであれば、素晴らしいリハビリの知識・技術を還元できるものと思われます。リハビリテーションは必要な分野です。ただ、もう少しリハビリ関連3団体の先手の活動が望まれるところです。リハビリ関連の職員1人1人は素晴らしいだけに、統率する団体が力足らずな面が見られます。
先手を打つ看護協会
看護協会は常に先手を打っています。上記の訪問看護職員の割合もその1つです。また日看協は厚労省に「訪問看護推進室(仮称)」の設置を求めるという一手も打っています。厚労省内に意見できる諮問機関を置くことを提案しているのです。この設置の目的としては以下のように答えています。
訪看は、医療と介護の両方に関わる点がメリットですが、制度として考えると、医療保険と介護保険という2つの制度の上に成り立ち、施策も厚労省の複数の部局に分かれています。これは地方自治体においても同じですが、まずは厚労省に担当部署の一元化を図っていただき、医療、介護、福祉の制度の整合性を図りながら訪看施策を推進してほしいと考えています。その上で根拠法となる「在宅療養推進法」(仮称)を制定し、「訪問看護推進総合計画」(仮称)など国の総合計画を策定していただきたいと考えます。
つまり、自分たちのテリトリーは自分たちも混ぜて検討させて欲しいという意図です。看護協会の歴史と巧みな政界利用のノウハウがここにも活きてきています。
後手が多いリハビリ関連3団体
一方、今回の署名活動でも分かるようにリハビリ関連3団体の活動は後手が多いように思われます。数十日で10万を超える署名が集まったように、潜在的な数は年々増えていくことが予測されるリハビリ団体。数だけでなく、今後を見据えた先手先手の活動が期待されます。
しかしながら訪問リハビリステーションの実現化に向けては、既に先手で釘を刺されています。今回の介護給付費分科会でも、全国老人保健施設協会の東憲太郎会長が「訪問によるリハは医師の指示のもとで提供されるべき。今後もこの考え方を維持すべき。」と牽制されていますし、日本医師会の江澤和彦常任理事も「リハは利用者の状態に応じた医学的な判断にもとづいて提供することが重要。」と述べられています。
署名活動も大事な活動ですが、いつまで訪問看護の枠組みで収まっているのか、訪問リハビリステーションの実現に向けて先手の活動を期待されている方も多いのではないでしょうか。
他にもリハビリ関連3団体の活動の遅れの記事がありますのでご参照ください。