謙虚であれという顕教~謙虚の2段構えは超有効~

私の周りに高橋君という謙虚を絵にかいたような方がいます。能力が高いのに「まだまだ自分は勉強が足りません」と向上心があり、お礼を言われたときも「お礼を言ってくださりありがとうございます」とお礼にお礼返しをしている姿をよく見かけます。当然、高橋君のことを悪く言う人はいません。とても良い人間関係を築いているのです。今回は「謙虚」について、高橋君の言動を1か月見て気づいたことをまとめようと思います。高橋君こっそり見させていただき、ありがとうございます。(謙虚に)

高橋君の謙虚さは自然か人工か?

高橋君を研究しようと思って、まず感じたのは、高橋君の言動の自然さです。作られた感じが一切しないのです。なぜ自然に感じられるのか、私なりの考察を挙げていきます。

①返答までの間

高橋君は相手からの返答の間が一定です。長くもなく短くもなく。一定であれば人工的な気がするかと思われますが、私は一定であることを「自身の考えに一切のブレがなく慌てていないから」と捉えました。どのような問いかけに関しても、すぐに自身の考えを答えられる真の強さを感じました。ですので返答に混じり気がなく純粋な自身の気持ちを感じ取れるのです。

②冒頭の入りが優しい

冒頭の言葉が爆発音を出してくる方がいます。例えば「やいや、私は~」や「んぜん、そんなこと~」など、冒頭の声量が最も大きいと自然な感じではなく、慌てて否定している印象を与えてしまいます。一方、高橋君は「ありがとうございます。」や「そういっていただいて~」など、相手からいただいた言葉を受け取るような冒頭の入り方をすることが多いです。相手は受け取ってもらえたという肯定感を持って、次の高橋君の言葉を聴くようになりますので優しい自然な感じに捉えるのかと思いました。

③マスクをしてても笑顔が分かる

昨今はマスク越しで話すため笑顔が分かりずらいかと思います。しかし高橋君はマスク越しでも笑顔だな、って分かるんです。その笑顔が自然さを生み出しているんだなと感じました。では高橋君はなぜマスク越しでも笑顔を見せられるのか、高橋君が話している時にマスクの動きや表情の作り方を研究しました。答えはすぐに分かりました。マスクが上方に1cm程度動くのです。頬筋の動きをマスクが再現しているためマスクの動きが笑顔の動きになっているのです。他の方はどうなっているのか見てみると、マスクが下に動いているのです。まさに正反対の動きです。早速自分で実践してみました。まずはマスクをして喋ってみます。下あごが下方に動くのでマスクは下に動きました。次に喋る前に笑顔を作ります。するとマスクは上方に上がりました。笑顔をキープして喋ると、頬筋の方が下あごよりも前方に盛りだしているため、下あごにマスクが引っ張られることなく、マスクが上方に固定されたままになりました。高橋君を研究するまでマスクの動きなんて気にもしていませんでした。人間って意識にはのぼらないですが笑顔って気づくものなんですね。

高橋君が謙虚でない時

高橋君も人間です。1か月注視して高橋君を見てみると謙虚でないタイミングに遭遇しました。高橋君にとって大事にしている部分だったのでしょう。宮井さんが高橋君に何かの提案をしている場面です。

「それは違うんじゃないでしょうか。」

普段の高橋君なら「そういう考えもありますよねー。」というような返答をするかと思っていたのですが、今回は違いました。もちろん宮井さんも高橋君の謙虚さは身に染みるほど分かっているため、口論になることはなかったのですが、「それは違うんじゃないでしょうか。」という高橋君の言葉に対して、「うーん。良いと思ったんだけどなー」とその場を離れていきました。

その時の高橋君は言葉に出しませんでしたが「しまったー」という雰囲気を出していました。あの冷静な高橋君が慌てていたのです。その場から立ち去る宮井さんを見ながら、追いかけるべきかどうするか悩んでいるようでした。おそらく宮井さんは何も怒っていないし、高橋君に対して変な感情にもなっていないと思いました。しかし高橋君は気にしていたようです。30分後、高橋君が宮井さんに話しかけている場面を見ました。

「先ほどの提案なんですが、私の考えられる範囲を超えていたので、とっさに違うんじゃないかなーと思ったんですけど、よく考えてみたら面白い考えだなーと思ったので、一緒に考えさせていただいても宜しいですか?いやーさすが宮井さんの発想力だなーと。」

高橋君は自身の考えの及ばない提案を相手の発想力の豊かさと表現し、謙虚に一緒に考えさせてほしいとお願いをしたのです。当然、宮井さんも「嬉しい。一緒にやりましょう。」と企画を進めていくようになりました。

謙虚さは大事ですが必ずしも初動が謙虚でなかった場合もあろうかと思います。その際は、謙虚の二段構えでも良いということを高橋君から教わりました。初動で謙虚でなくても、自身の行動を謙虚に振り返ることで、最終的には謙虚であるということです。大事な点は、自身の行動を振り返られる謙虚さがあるかどうかということです。謙虚の二段構え。自分自身が出来ているか、謙虚に見つめ直そうと思います。

謙虚であれという顕教

顕教とは、仏教の中で秘密にせず公然に(明らかに)説かれた教えのことを言います。謙虚とは「つつましく素直で、自分を偉いと思わないこと」という意味です。素直に相手の意見を聞き入れることや、素直な態度で人と接することを謙虚と表現します。このように素直な心持ちであることが謙虚の意味に含まれています。素直な心の持ち方は、和を似て尊しとなす古来の考え方に合致します。全ての事象に対して素直な心持ちでいることを説いている顕教はまさに謙虚のことであると言えます。ちょっと強引な言葉遊びでした。