介護保険サービスは在宅系サービス・訪問系サービス・通所系サービス等、多様に存在しています。ご自宅に伺うサービスもあれば、住まいの提供によって生活を共にするサービスもあります。病院のように一時的に利用するものではなく、生活の一部として長く利用することが多いのが介護保険サービスの特徴です。そのような特徴によって、利用される方やその家族から受けるハラスメントも病院のハラスメントとは異なる性質を持ちます。病院では病院の中という閉鎖的な空間ですが、介護保険サービスは見えずらい場所でハラスメントが行われているという点からも発見が遅れることがあるようです。今回は介護保険サービスにおける利用者・家族からのハラスメントの実態をまとめていきます。
アンケートによる実態調査
株式会社三菱総合研究所は平成30年度厚生労働省老人保健事業推進費等補助金を受けて、「介護現場におけるハラスメントに関する調査研究報告書」を2019年3月にまとめています。主に介護保険サービス現場へのアンケート調査による実態調査となっており、下記のような流れで調査を実施しております。
アンケート調査の流れと回収率
全国1万の事業所に発送し、回収数は2,155事業所。回収率は21.6%となっています。内容は管理者調査票と職員票に分かれており、全国の介護領域で勤務されている10,112名の生のデータをまとめています。
サービス種別のアンケート回収状況
全体の回収率は21.6%でしたが、サービス種別による回収率は以下のようになっています。訪問リハビリテーションが約30%の回収率でしたが、他サービスは20%前後となっており、回収率はサービス種別による大きな差は見られませんでした。
ハラスメントの定義づけとハラスメント例の提示
本調査報告書によると、「ハラスメントについては、確定した定義はないことから、本調査では、身体的暴力、精神的暴力及びセクシュアルハラスメントをあわせて介護現場におけるハラスメントと設定した。」とされています。具体的には、表に示した行為を「ハラスメント」と総称し、調査を実施しています。
【本アンケートでは次に挙げる内容は除外】 ・利用者や家族等からの苦情の申し立て ・介護サービス施設・事業所での上司や同僚等によるハラスメント ・認知症等の病気や障害のある方による行為
身体的暴力
精神的暴力
セクシュアルハラスメント
施設管理者はハラスメントの発生を把握しているのか?
在宅で行われるサービスもあるため、施設管理者の眼の届かない場所で行われているハラスメントも存在します。では施設管理者はハラスメントの発生を把握できているのでしょうか。
最も多く把握していると答えたサービス種別は55.7%の訪問看護です。訪問看護はご自宅等に訪問してもらい必要な看護を受けられるサービスです。そのため施設管理者はハラスメントの状況を把握しにくい環境であると思っていましたが、実際は訪問看護の管理者は半数以上が把握できていると回答しています。また、ハラスメントは発生していないと思っている管理者は、訪問リハビリテーションが60.0%で最多となっています。先ほどの訪問看護ではハラスメント未発生は34.4%となっています。では管理者が把握していると思っている割合と実際のハラスメントの実情の乖離をみていきます。
管理者の把握と実情の乖離はどのくらいあるのか?
灰色は管理者がハラスメントは発生していないと思っている割合を示しています。一方、色付きは従業員がハラスメントを利用者・家族から受けたことがあると答えた割をを示しています。このグラフを見ると管理者の把握がいかにできていないかが見て取れるかと思います。先ほどの訪問看護はハラスメントは発生していないと思われている管理者34.4%に対し、実情は80.6%と大きく乖離しています。その他も赤色で示したサービス種別は乖離が大きかった施設であり、とりわけ管理者が少なく見積もっている状況となっています。また、青色は管理者の把握と実情が近似したサービス種別となっています。自施設はどうでしょうか?学校におけるいじめ把握も同じように実情との乖離が大きいとされています。介護保険サービスも適切に状況把握していくことが、職員の安心・安全につながるのではないでしょうか。
管理者は具体的なハラスメント人数を把握しているのか?
管理者の把握の乖離状況を示してきましたが、ほぼ把握できていない状況がアンケート結果から見て分かりました。さらにハラスメントの具体的な人数はどうでしょうか。見るまでもなく把握できていないものと思われます。
うわぉ。全てのサービス種別において8割を超え把握していると答えています。怪しい・・
1人の利用者が複数の職員にハラスメントをしている現状
1人の利用者が複数の職員にハラスメントをしている現状も次のグラフから読み取れます。
青色はハラスメントしている利用者の人数(1事業所当たり)を示しています。赤色は利用者からハラスメントを受けた職員の人数(1事業所当たり)を示しています。この両者の人数が一緒であれば(利用者数=職員数)となり、1利用者が1職員にハラスメントをしていることになります。どう見ても赤色の職員の数の方が多い状況です。これは1利用者が複数の職員にハラスメントをしていることであり、早めに対応しなければ被害を受ける職員の数が増えてしまうということを危惧するデータといえます。
家族からのハラスメントの現状
ハラスメントは利用者からのみではありません。その家族から受けるハラスメントも深刻な状況です。下記は管理者が把握している家族からのハラスメント状況を示したグラフです。
この1年間で家族からハラスメントを受けた施設が4割を超えているものを赤色で表示しています。4割には達していませんが、どの施設も家族からのハラスメントを受けている状況です。家族からのハラスメントは、クレームと区別がつきにくいものも含まれています。本アンケートは家族からのクレームはハラスメント対象外という定義づけをしています。クレームの中にはハラスメントが多少含まれているとすれば、上記の割合はさらに増すことになり、本アンケート結果よりも多くの割合で家族からのハラスメントを受けていることが予想されます。
まとめ
・介護保険サービスの現場では利用者・家族からのハラスメントが行われている
・施設管理者はそのハラスメントの状況を把握できていないサービス種別もある
・1人の利用者は複数の職員にハラスメントを行っている
・家族からのハラスメントはクレームと近似することもあり得る
介護保険サービスの現場は奉仕の心で様々な病態の方々とそれを支える家族に寄り添ったサービスを提供しています。多少は仕事と割り切って受け流していることでしょう。しかしながら介護分野で勤務されている方々にも保護される人権があります。ましてやハラスメントを我慢する状況や見えない場所で行われているハラスメントに対しては、自分自身で対応し悩むことも多いかと思います。提供者と受給者は同等です。どちらが偉いわけではありません。本調査報告書は介護分野で働かれる方々の苦悩が目の前に浮かぶ、そんな調査報告書かと思います。早急な改善が望まれます。